@article{oai:bunka.repo.nii.ac.jp:00002071, author = {中尾, 七重}, journal = {文化学園大学・文化学園大学短期大学部紀要, JOURNAL OF BUNKA GAKUEN UNIVERSITY AND BUNKA GAKUEN JUNIOR COLLEGE}, month = {Mar}, note = {これまで城絵図に描かれた天守は恣意的な絵画的表現であり、実態を反映していないと考えられてきた。しか し近年、城絵図研究が進展し、幕用図や藩用図は信憑性が高いことが分かってきた。本論では、慶長国絵図、正 保国絵図、日本古城絵図等を天守絵図資料とし、描かれた天守を比較検討した。そして、三重層塔型天守が譜代 大名の基本形であること、徳川将軍家と親戚姻戚関係を持つことや幕府に対する功績により天守格式が上昇する こと、大名として相応しくない行動や規則違反により天守格式が下降することなどが推測された。すなわち江戸 時代には、大名支配の手段としての格付けに天守の形状が機能したと考えられる。こうして、いくつかの天守で は、望楼型あるいは層塔型や重数など天守形状が江戸時代を通じて変動した。また、天守は主体部と下屋からな る構造のため、天守形状の変動は、天守の建替えによるのではなく、下屋や装飾部分の改修により行われたと考 えられる。以上、天守絵図の分析を行い、天守形状についての新しい建築史学的視点を提示した。, 研究論文, Research Paper}, pages = {11--25}, title = {江戸期天守と大名支配 : 城絵図に描かれた天守の形状}, volume = {53}, year = {2022} }